•  こんにちは。引き続き第3ブロックです。

    Aシード 成田 Bシード 習志野

    Cシード 木更津総合 日体大柏

     実は、今回の抽選で、春3回戦で足元を掬われた昨秋優勝の木更津総合が、どのブロックに入るかを最も注目していました。結果、このブロックの前半に入り、5回戦でAシード成田との対戦になるだろうと予想。勝者が準々決勝でBシード習志野とという構図でしょうか。

     続いて第4ブロック。

    Aシード 千葉学芸 Bシード 中央学院

    Cシード 我孫子東 学館船橋

     このブロックは、地力に優る千葉学芸と中央学院が準々決勝で激突と予想。春準々決勝の再戦となり、中央学院は雪辱を果たしたいところ。千葉学芸は返り討ちすることができるか、注目の一戦になることでしょう。ただし、伏兵としてブロック前半には、我孫子東・東海大浦安、後半には学館船橋・千葉商大付が控えており、油断は禁物です。

     さて、ひと通り勝手な予想を繰り広げてみましたが、夏の大会は何が起こるかわかりません。球児達の熱い夏に注目です!

     そして最後にOB達を紹介しておきます。(2・3年生のみ)

    県船 後藤兼志郎②

    八千代松陰 行友孝成③

    日大習志野 安田涼馬②

    東葉 松尾拓馬②

    佐倉 岡崎開人③

    県外では

    法政二(神奈川) 坂野将隆③

    国学院栃木(栃木) 槇本嵩大②

  •  こんにちは。日曜劇場「ドラゴン桜」を観てるって話したら、娘に意外そうな対応されて戸惑ってしまいました…

     さて今回は、第103回全国高等学校野球選手権千葉大会を勝手に展望してみたいと思います。昨年はコロナの影響で中止になってしまったため、2年ぶりの開催となります。が、未だコロナは収束せず、4回戦までは保護者・学校関係者のみの観戦、5回戦以降のZOZOマリンスタジアムに限り、人数制限しての有観客となる模様です。

     まずは第1ブロックです。

    Aシード 船橋 Bシード 市立船橋

    Cシード 八千代松陰 幕張総合

    このブロックには上記シード校の他、実力ある伝統校の銚子商業・拓大紅陵がノーシードでブロック前半に入りました。順当にいけば、春ベスト4と躍進した県船vs銚子商業、拓大紅陵vs八千代松陰が共に4回戦で激突。その勝者同士が5回戦と、かなりタフな戦いとなるでしょう。ブロック後半には、昨秋ベスト4の千葉英和がノーシードで控えているものの、市立船橋と幕張総合が順当に5回戦で対決か…いずれにしても、シード校4校に実力伝統校2校を加えた6校の争いになると予想。

     つづいて第2ブロック

    Aシード 専大松戸 Bシード 学館浦安

    Cシード 流経大柏 東海大市原望洋

    春季関東王者の大本命専大松戸が居座るブロック。昨秋準優勝の東京学館と4回戦で激突か…(志学館・千葉経大付も侮れないが…)突破すれば5回戦で東海大望洋との対戦になるだろうか。ブロック前半は、昨秋ベスト8の千葉明徳とCシード流経大柏が2回戦、勝った方が5回戦で学館浦安と対戦か…関東大会の準決勝・決勝でエース深沢を温存しながらも勝ちきった専大松戸に死角はあるか?

     今回はここまでとして、第3・第4ブロックはまた次回。。

  •  こんにちは。いよいよ関東も梅雨入りしましたねぇ。鬱陶しい季節ですが頑張っていきましょう!

     さて、今回は日本への野球の伝来についてです。簡単に時系列で紹介すると…

     1871年アメリカ人ホーレス・ウィルソンが東京大学の前身の学生達に教えた事に始まり、「打球鬼ごっこ」として全国的な広がりをみせ1878年に本格的な野球チームが設立されます。(プロではありません)

     そして1888年、後々野球界の大きな出来事になる慶應大学に野球部が創設され、そこから遅れること13年の1901年に早稲田大学野球部が産声をあげます。その2年後に第1回早慶戦が開催され、大学野球は爆発的な人気を博すようになります。

     ちなみに、この早慶戦をはじめ東京六大学や東都大学、ヤクルトスワローズが明治神宮球場を使用していますが、最優先権は東京六大学にあります。これには、神宮球場建設にあたり、東京六大学野球連盟が多大なる協力と資金提供したことからで、日中、六大学野球がある日はナイターでスワローズの試合があっても日中は使用することはできません。(最近は六大学側も通常2試合の所を1試合にするとか歩み寄りはあるようですが…)そしてこの早慶戦は例え消化試合であっても、リーグ最終戦と決まっています。(歴史のロマンがありますねぇ)昨年2020年の秋季最終戦は早慶の勝った方が優勝という、たまらないシチュエーションとなり、しかも慶應1点リードの9回表ツーアウトからの逆転ツーランで早稲田が優勝をもぎ取るといった劇的で感動的な幕切れでした。(YouTubeなどで是非観てみて下さい)

     話を元に戻します。早慶戦をはじめとする大学野球の盛り上がりは中学(現在の高校)野球にも広がりをみせ、1915年に第1回中等学校優勝野球大会が大阪の豊中球場で開催され(3回大会から兵庫の鳴尾球場)こちらも人気を博し、これまでの球場では手狭になったことから、1924年から現在の阪神甲子園球場で行われるようになり、現在に至っています。もうすぐ第103回大会の予選が始まります。昨年は中止になってしまっただけに今年はどんなドラマが待っているのか、今から楽しみですね。

     さて、学生野球が主体となり盛り上がりを見せてきた野球ですが、プロはというと、1920年に初めて職業野球チーム(芝浦協会)が発足しますが、後に解散。1934年に読売大日本東京野球倶楽部(東京読売巨人軍)が設立され、1936年日本職業野球連盟が組織されて、現在に至るとなっています。しかし、この頃の職業野球に対しての社会からの風当たりは強いもので「球遊びを生業とする下賤な芸人」などという言われ方もされたようです。現代だとYouTuberみたいな感じでしょうか?(YouTuberを蔑視してるわけではありません)でも、子供のなりたい職業にYouTuberも上位にランキングされてるので、市民権を得るのもそう遠くないのかもしれませんね。。

     というわけで、長くなりましたが日本への伝来から現在というお話でした。成り立ちなどを踏まえて観ると、より一層楽しめるのではないでしょうか。プロ野球は交流戦が終わり、もうすぐ折り返し、高校野球も開幕間近でこれから盛り沢山です。もちろん少年野球もこれから佳境に入っていきます。元気に楽しく頑張っていきましょう!(でも熱中症には気をつけてね…)

  •  この度、野球に関する様々な事柄を発信することにしました。少年野球から高校野球やプロ野球、はたまた審判についてなど不定期に綴って参りますので、どうぞお付き合い下さい。

     記念すべき初投稿は野球のはじまりについてです。

     18世紀から19世紀にかけてクリケットを原形とした野球(ベースボール)らしきゲームがアメリカにて楽しまれていました。当時は場所や時間などによってその都度ルールを決めながら行われていましたが、19世紀半ばに9人制やホーム・1塁・2塁・3塁、3回空振りで三振やスリーアウトチェンジなどのルールが確立されていきます。当時、ピッチャーは下投げで、バッターは「この辺に投げて」とコースの指定ができたそうです。(今では考えられないおおらかなルールですね 笑)

     その後、見逃しにストライク(打て)コールがされるようになり、真ん中付近以外はボールコールでフォアボール(当時は9ボール)が発生します。つまり、この頃はピッチャーはバッターを抑え込むのではなく、打たせてアウトを取る(当時はワンバウンド捕球もアウト)というゲームだったわけですね。そして1884年に上手投げが解禁、1887年にはバッターのコース指定が不可となり、現在のような様相を呈してくるようになりました。

     さて、他のスポーツ例えばサッカーやラグビー、バスケットボールなどはボールをゴールまで運べば得点、テニスや卓球、バレーボールなどは相手が返せなければ得点。それに対して野球は選手が一周回ってホームに生還してはじめて得点になるといった特殊なルールに基づいて行われるスポーツです。なので、難しいけど面白いとも言えるわけです。

     昔と違い多くのスポーツ団体が競技人口拡大を目指している中、野球を選んでくれた子供達に野球の魅力、面白さを伝えることが経験者としての役割かなと思います。

     スポーツの語源は「気晴らし」や「楽しみ」「遊び」だそうです。そして、〝プレイボール〟は直訳すれば「ボールで遊べ」です。野球というスポーツの入口に立つ子供達、楽しくノビノビと日々親しんでもらえたらと思います。そんな環境を提供できたらと思う今日この頃です。

     さあ、前途洋々だ!!

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    ああああ

    ああああ

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